先天性鬱病患者

「先天性鬱病患者」の私の日記

故郷


 この街には雪が降るのだ。
 
 駅前の広場に出て、降りしきる雪の中で耳が痛いほどの沈黙に包まれたとき、「あぁ、わたしは帰ってきたんだ」ということを、身体が痺れるような感覚とともに実感した。
 
 大学進学に伴い初めて地元を出て関西のとある都市に住み始めたとき、雪の降らない冬にひどく困惑したことを思い出した。
 故郷の雪はちっとも美しくなかった。大粒で重い不細工なぼたん雪。周りの水分を詰め込めるだけ詰め込もうとしてぶくぶく太った強欲な雪。踏むたびにべちゃべちゃと不快な音を立てる雪。それが私にとっての雪であり、故郷の思い出であった。
 だから私は雪が降らない光景に戸惑った。雪が降らないということよりも、私の中で雪というものが故郷と密接に結びついていたこと、そして思い出を感じさせるものだったことに気づいて当惑したのだった。


 母が駅前まで車で迎えに来てくれた。後部座席に揺られて実家までの道すがら車窓を眺めると、さびれた商店街が見えた。なんでもない地方都市のシャッター街。その中に遠い昔、友人と一緒にアイスクリームを食べたお店を見つけて、その景色が急に愛おしく思えて涙が溢れてきた。